


8月6日、僕はレバノン取材に出発した。
戦場取材に行く人間にとって、まず頭を悩ませる問題が、金。僕よりもはるかに有名で、実力のある戦場写真家やジャーナリストでも、なかなかこの問題からは脱却できないようだ。
次に問題となるのが、入国、もしくは入域方法。当然だが、普通にブーンと飛行機で入って、さあ取材開始、とはいかない。
そういうわけで、レバノンに取材に行くと決めた後も入国に関しては不明瞭な点が多く、その点で僕は悩んでいた。レバノンへの空路は遮断されている。となると、隣国シリアから陸路入国というルートを取るしかない。しかし、果たしてこの方法で無事に入国できるだろうか。
結論から言うと、この問題は思ったより楽にクリアできた。飛行機の中で知り合ったレバノン人男性(仮にA氏とする)に頼んで、共にシリアからレバノンに入ろうという事になったからだ。A氏は商用で日本に来ていたが、滞在中にレバノン情勢が悪化。故国に残してきた妻子がレバノン北部に疎開したと連絡を受け、急遽帰国する事にしたのだという。そのA氏も国境はどうなっているのか分からないと言っていたが、チャーターしたタクシーが頼りがいのあるおじさんで、A氏にいたく同情したらしく、いくつかある国境の中から確実に通過できる北部の国境を選び、僕達を運んでくれた。
シリア側、レバノン側共に無事ゲートを通過し、別のタクシーに乗り換えて、レバノン第二の都市トリポリに午後9時頃到着。ちなみにシリアの空港を出たのが午後4時だった。シリアで一泊する事を覚悟していただけに、当日中にレバノンに入れたのはありがたい。タクシー代はA氏と割り勘にして一人60ドル。平時、同じルートでもバスなら10ドル前後で行けるのだが、時間と安全と労力を考えれば、納得できる。
この日はA氏の妻子が疎開しているマンションに泊めてもらった。A氏の妻子の他に、親戚一同がそこにおり、この夜は珍客である僕をネタに大いに盛り上がった。もっとも、無事に家族に会えたという彼らの安堵と喜びが、その盛り上がりの根本的な要素なのだが。


「ベイルートに行くのか。なら気をつけてね。向こうはほら、空爆ボンボンだから」
翌朝、A氏の親戚一同に見送られ、僕はベイルートに向かったのだが、その際、彼らはそんな風に言って僕を送り出した。彼らに限らず、レバノン人は「ボンボン」と空爆を表現する。かなり感情をこめて。後になって、それが僕にもうつり、「エア・ライド」とか「エア・ボンビング」とか言う代わりに、「昨日はどこでボンボンあったんだい?」とか「今朝のボンボンはすごかったよね」等と言う癖がついた。
A氏が見つけてきてくれた、信用できそうなタクシードライバーは、40ドルでベイルートまで行くという。これも平時のセルビス(乗り合いタクシー)なら十分の一程度で行くはずだ。
ベイルートまでの幹線道路は所々爆撃によって破壊されており、通行車両は大きく迂回しなければならなかった。おかげで道は混み、平時なら2時間もかからない距離を、4時間以上かかってしまった。
4時間のドライブの間、ドライバーは爆撃地点を通過するたびに「ほら、ここでボンボン」「見ろ、あそこもボンボン」と僕に言う。
ボンボンボンボン、ポンコツのベンツは、ようやくベイルートの中心地に到着した。


安宿を見つけてくれと頼んだが、ドライバーもベイルートはそれほど詳しくないらしく、結局高級リゾートホテルが集中する一角に入って行った。僕も面倒くさかったので、適当にホテルを選び、泊まる事にした。
そのホテルは一泊50ドル。平時は100ドルだが、戦争で客が減った為に値下げしてくれたらしい。朝食などのサービスはないが、部屋は豪華だった。
もちろん、とりあえずの宿である。翌日か翌々日には、南部に行くつもりでいたからだ。それに一泊50ドルを、戦場でもないここベイルートで消費するつもりはない。

ここで、あれ?とお思いになった方がいると思う。「レバノンって、戦争してるんでしょ?だったらレバノンの首都のベイルートも戦場じゃないの?」という風に。
その辺の日本人の平均的な認識レベルが、どの程度なのかを僕は正確には知らないが、やはり中には漠然と、イラクといったら国中全て戦場、アフガンしかりパレスチナしかり、と思っている人は多いと思う。
しかしそれは厳密には間違いで、「戦争状態にある国」と「戦闘が行われている地域」とは別物だ。レバノン国内、特に南部ではヒズボラとイスラエルの戦闘が激化しているが、ベイルートなどの北部は、それ程緊迫した雰囲気はない。もちろん、北部にも空爆は何度もあり、犠牲者も出ているが、「戦場」というには程遠い。それにベイルートは、意外や意外、中東の中でも比類なき先進都市で、ヨーロッパ風の洗練された街なのだ。そして、やや活気が失われつつあるものの、その雰囲気は戦時下でも健在だった。
つまり、僕は「戦争状態にあるレバノン」の中で、さらに「戦闘が行われている地域」に移動しなくてはならなかった。
しかし、フリーの人間にとってこれ程難しい問題はない。取材費、入国方法、いずれも厄介な問題だが、「戦闘地域へ潜入」という試練こそ、僕にとって最も高いハードルなのだ。が、その話はいずれまた後で。
とにかく、ベイルートはオシャレな街で、物価も周辺のアラブ諸国より高い。節約派の僕には滞在しにくい所と言えた。

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